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生後まもなく転居したせいで、乱歩にとって名張は「見知らぬふるさと」であったと言われますが、晩年になってようやく名張の地を踏むことができました。
昭和30年(1955年)には名張市民の手で「江戸川乱歩生誕地」碑が建立されました。
名張で江戸川乱歩生誕地碑の建立が企画されたのは、昭和27年の帰郷がきっかけになったとの事で、名張市民と乱歩が相談しながら準備を進め、かつての乱歩の生家跡に高さ約1.9メートルの石碑が建てられました。そこには、「江戸川乱歩生誕地」という文字と、乱歩の書いた「幻影城」「うつし世はゆめ よるの夢こそまこと」という言葉も刻まれています。
碑には
『江戸川乱歩(本名平井太郎)は明治二十七年十月二十一日 当時 名賀郡役所の書記であった平井繁男の長男としてこの地に生れた大正五年早稲田大学を卒業 同十二年処女作「二銭銅貨」を発表爾来多くの傑作を著わして日本近代探偵小説を創始しその分野を確立した』
と刻まれています。
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