Today's Fish

2001/2/25 ケンちゃんの46cm


「のった」
その男の声は、低く静かに囁くような声だったが、極限の寒さと絶望感に打ちのめされていた我々を震撼させるには充分な凄みを持っていた。

 西暦二千一年、二月二十五日。気温六度。水温七、五度。天候、風雪まじりの雨と快晴をくり返す。
 午前八時から行動を開始していた我々は、目まぐるしく変貌する天候に惑わされながらもキャストを続けていた。前日の雨による水質の濁りも我々が予想していたパータンをことごとく粉砕してしまっていた。
 「駄目かもしれない・・」
 確信に満ちていた我々のコンフィデンスも次第に小さくなりかけていた上に、何時間も延々と水面に漂っていた我々の手足の感覚はおろか、痛みさえも麻痺し始めていた。
 「どうすればいいんだ・・一体・・」
 何度となく脳裏を敗北の文字が過り、襲ってくる痛みと空腹によって支配されつつあった脳に思考されるものも、携帯してきていた簡易乾燥麺の温かな湯気ばかりになっていたその時に衝撃は走ったのである。電撃の様に我々を貫いたその声に振り返ると、そこには大きく弧を描くコンバットスティックを左右にいなしながら、水面下の何者かと格闘する男の姿があった。男の顔には笑みが浮かんでいたが、同時に期待と不安によって生み出される緊張感も漂っていた。
 「バスだ。デカイぞ。」
 男は、そう自分に言い聞かせるように声を発した時、生命の危機から逃れようとしたそいつは 水面を力強く割り空へと飛び出した。大きく鰓を開き、全身を水面に叩き付け、口蓋にある異物を取り払おうとするその姿は、まさしくブラックバスであった。幾度も抵抗を重ね続けたが、無理だと観念したのかそいつは、次第に落ち着き、静かに男の手に身を委ねた。男はバスの口蓋に刺さったままのベビーシャッドを優しく外しながら、安堵の笑みを浮かべ我々にこう言った。
「ツゥイッチ&ポーズだよ」
 その短い言葉の中には想像を絶する絶望感を克服し、目的を達成した男だけが持つ説得力があった。
 四十六cmのバスがこの男に与えたコンフィデンスと確信は、計り知れないものがあるだろう。


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