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第14話 村八分  柴田和志という伝説

アメリカ女性ステファニーを追いかけて渡米した青年がいた。
青年はアメリカオルタモントで「ローリングストーンズ」を見てしまう。
ストーンズのライブ会場で黒人少年がヘルスエンジェルスに惨殺されたオルタモントだ。
ステファニーとの恋は実らなかったのだろう。

柴田和志(チャー坊)
後にロックバンド村八分のボーカリスト

1970年゙万博の年
柴田和志とダイナマイツの山口富士夫によって裸のラリーズを経て村八分は誕生した。
1971年京大西部講堂で村八分はデビューした。

高校の時に村八分の噂を聞いた。
僕はちんけな日本のロックに失望していた。
失望していた俺に友達がこれを聞けと、1枚のレコードを貸してくれた。
LIVE村八分(京大西部講堂)
ジャケットを見てもメンバーの顔がはっきりわからない。
そして・・体に電気が走った。それ以上の表現はできない。
叩きつける乾いたギターの音。かすかにジャケットでわかる赤いギブソン335。
でてくるリズムはストーンズ調。でもマネではない。
歌は意味不明
チャー坊の若いやんちゃな少年のような声
狂っている。悪い意味じゃない。
ほんとうに狂っていた。

何回ものメンバーチェンジ、そして再編成

チャー坊の病院の入退院
チャー坊はこの20年後に世にでたアルバム「草臥れて・くたびれて」を本当に望んだのか・・・
1994年4月25日未明チャー坊は逝った。享年44歳

チャー坊11PMに出演したのは失敗やったな。
あれは村八とちゃうで。偽者や。
俺はこの目で見てたんや。

本物の村八分は京大西部講堂のLIVE盤をだして何処かへ消えていった。
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