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第16話 しあんくれーる(champclair)



高野悦子 「二十歳の原点」

高野悦子1969年6月24日国鉄山陰線京都嵯峨野駅付近で自ら命を絶つ
享年20歳

独りであること未熟であること、これが私の二十歳の原点である。」


京都市内の河原町通りを北に上がって行くと、荒神口という場所がある。そこは今から20年ほど前
立命館大学広小路学舎が西側にあり、東側に鴨川を背にするように京都府立医大
近くには同志社大学等も隣接していた。60年代後半から70年にかけて京都は中核派の学生
と革マル派の学生入り乱れて学生運動華やかし時代だった。
ヘルメットに手ぬぐいのマスク。教員服に角棒、投石に火炎瓶。マルキ(機動隊)との小競り合い
大学の門には教室の机や椅子でバリケードがそこかしこに有り、校舎の壁には独特の文字で
セクト参加を呼びかける手作りの掲示があった。学生はみんなパワーが有った。
しかし、あまりに真面目に「日本」を考え、「マルクス・レーニン主義」を考え、そして自分自身の
無力を真面目に悩んだ。
当時の大学生は申し訳無いが今の大学生には絶対真似のできない自立心があったのだ。
そして「団塊の世代」と呼ばれた若者は猛烈社員となって戦後の日本を建て直したのだ。
豊な生活のために、歯を食いしばって、身を粉にして働いたのだ。
あれから30年。団塊達はリストラという猛烈な嵐の中に立っている。


25年前荒神口にあるジャズ喫茶に一人で入った。2階に上がってみると壁にはマイルスデイビス
写真が所狭しと飾ってあった。たしか1階は静かなクラシックが流れていたように記憶する。
しあんくれーるとの出会いだった。「思案に暮れる」から命名されたジャズ喫茶だと店の
上品そうな女性が俺に教えてくれた。その後、その女性はオーナーである事を知るのだが
ある時、1階の窓側の席に座っていたら、ママさんが「その席はね、あの高野悦子さんがいつも
好んで座ってた席なの。一人でボーって煙草を吸ってらっしゃたのよ」
ここだったのか。そうなんだ。気づかないまま読み流していたが、確かに本の中にあった。
「しあんくれーる」という文字があったのだ。ここだったのか。。感動した。ものすごく感動した。
この席で彼女は何を思い、何を悩んだのか。たった二十歳で何故自分の命を絶たなければ
ならなかったのか。マイルスのトランペットの響くこの店の中で。




「二十歳の原点」の最後に記されている詩


旅に出よう
テントとシュラフの入った
ザックを背負い
ポケットには
箱の煙草と笛をもち
旅に出よう

出発の日は雨がよい
霧のようにやわらかい春の雨の日がよい
萌え出でた若芽がしっとりとぬれながら

そして富士の山にあるという
原始林の中にゆこう

ゆっくりとあせることなく

大きな杉の古木にきたら
一層暗いその根本に腰をおろして休もう

そして独占の機械工場で作られた
一箱の煙草を取り出して

暗い古樹の下で一本の煙草を喫おう

近代社会の臭いのするその煙を
古木よおまえは何と感じるか

原始林の中にあるという湖をさがそう
そしてその岸辺にたたずんで
一本の煙草を喫おう

煙をすべて吐き出して
ザックのかたわらで静かに休もう


原始林を暗やみが包みこむ頃になったら
湖に小舟をうかべよう

衣類を脱ぎすて
すべらかな肌をやみにつつみ

左手に笛をもって
湖の水面を暗やみの中に漂いながら

笛をふこう

小舟の幽かなるうつろいのさざめきの中
中天より涼風を肌に流させながら

静かに眠ろう
そしてただ笛を深い湖底に沈ませよう


 
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