解説
全国各地でさまざまな目的と携帯の合併論議が話題になっており、主なものだけでも全国で100カ所以上あり、30府県以上に点在している。
現状の市町村に対する根深い不信感と、不況の中で多くの企業が厳しいリストラを経験するなかで、なぜにお役所だけが安閑としていられるのかという素朴な反発ではないだろうか。
合併運動は盛り上がっているが、合併が実現化しそうなところはまだまだ少なく、明治の大合併、昭和の大合併に続く、平成の大合併とまではいえる段階ではない。昭和20年代の後半から30年代の半ば、昭和の大合併(9800→4000)のときには、町村合併促進法のなかで市町村の数をいくつまで減らすかを明記した。明治20年代の明治の大合併(7万→1.4万)では、町村に小学校の設置義務が課され、さらにシャウプ勧告では中学校の設置義務が盛り込まれた。 そこで昭和の大合併では、町村の最低人口規模は8,000人と明示され、そこで目標とする市町村数が決められた。昭和の大合併といわれる昭和30年代はじめの合併ブームは、基礎自治体である市町村へ、財源と権限および事務配分が強化されたされたことを受けて、市町村の規模を大きくする必要が生じたことを背景としている。 昭和28年10月の町村合併促進法、31年の新市町村建設促進法は、市町村合併に大きく貢献し、町村合併促進法施行時に9,868の市町村が、新市町村建設促進法の失効する昭和36年6月には3,472にまで減少した。その後の合併促進関係の時限立法では、昭和37年5月から40年3月までの市の合併特例法があり、次いで昭和40年3月から50年3月までは市町村の合併特例法に切り替わり、それ以後も10年間隔で2回継続された。
昭和50年代に第2次合併ブームといわれた時期もあったが、平成6年12月現在で3,236市町村であり、第1次合併に比べて市町村数の減り方は少ない。
理由は2つ。一つは自治省が合併特例法を改正し、合併の指針をまとめ、合併の区割りを含めた要綱を都道府県に作るように指示しているという一連の流れのなかで、自治省が本気らしいと感じ始めていること。もう一つは、国と地方あわせて660兆円を超える長期負債があり、近年の景気対策で最後の大盤振る舞いをやり、地方交付税の特別会計でとんでもない額の借入金が積み上がっていることなどから、国からの財政支援がもはや望まれないと直感していることだ。
合併のデメリットとして世情よく言われるのは、@歴史・文化・伝統・気質などが違う地域が一つになることで地域の一体化が希薄になる、A中心部への投資が進み周辺部が取り残される、B地方交付税が経過期間(10年)を過ぎると減額される、C財政状況の悪い自治体とよい自治体が合併すると、よい自治体の住民が損をする、などである。
Bについては誤解もあると思うが、本当は問題にならないはずである。合併して地方交付税が減るというのは、算定基準のなかで、段階補正と呼ばれる人口規模が大きくなると住民一人あたりの行政コストを割り引いていく(小さくなると割り増していくともいえるが)補正係数が効いてくるからである。ところで、段階補正は基準財政需要額のすべての項目に掛かるわけではない。掛かるのは、住民基本台帳の事務、徴税事務、企画関係などであって、そうした事務ではコストが人口規模に比例して増えるわけでないことは直感的にも理解できる したがって、合併後に交付税が減額されても、自治省のコスト算定が正確ならば、必要なコストがそれだけ減るのだから、住民としては何も困るわけではない。
合併に反対するもう一つの大きな理由としては、「合併するときめこまかな行政ができなくなる」という意見である。
役所は合併しようがしまいが、きめ細かく地域に目配りしようとする。人口5,000人と町と、人口6万人の市があるとして、6万の方がきめが粗いということはあり得ない。「きめこまかにできなくなる」とは、結局は地域の小さな問題を役所にもちこんで解決しようとするときに、いままでは各種の団体や議員を通じてあげれば優先的に扱ってくれたが、合併して役所と住民と政治の関係がいったん絶たれると、既存のルートが切れるので困る、という話になる。次元が低い。
生活圏を一つの自治体にすることと、役所の行政能力の強化が主要な方向性と見られる。
通勤や買い物行動で決まってくる生活圏が複数の自治体に分かれていると、生活行政がしにくくなる。そこで通勤や買い物圏域をもとに、合併すべきということになる。
戦後改革のなかで先に市町村の事務が増やされ、さりとて交付税制度が万全でないなかで、市町村は合併をせざるを得ないような状況に、先に追い込まれていたことがある。
分権の受け皿となるべき現状の市町村には十分な力がないので、合併してこれを強化すべきだという意見がある。
地方分権によって市町村が主体的に判断すべき事項が増えてくると、小規模自治体ではその能力に限界が出るという問題だ。どんなに規模の小さな自治体でも、自治体である以上、規模の大きな自治体と同じ種類の事務をこなさなければならない。 企業であれば、中小企業と大企業が同じ種類の仕事をすべき理由はなく、むしろ得意分野に特化する方が効率的である。 ところが自治体の場合には、広域行政や外部委託などを使う手はあるものの、規模が小さければ、行政能力には限界がある。市町村合併研究会の研究会では、少なくとも人口規模が1万人未満の自治体では、分権時代に対応することは難しく、できれば10万人はほしい、とある。
全国3,000以上の市町村のなかには、財政力はもちろんのこと、多様な専門的職員を抱えるなど企画立案・実施能力を持つという意味での行勢力の点でも、分権時代に耐えられるか不安が多い。
地方交付税等を通じて、財政力の乏しい市町村にも最低限の行政サービスを行う財源が保障されてきたが、国・地方をあげての財政難の時代を迎えて、そうした手厚い財政支援をしたくても、次第に難しくなる事態がやがてやってくる。そうなる前に、限られた財源を効率的に使うためには、合併をして無駄な財政支出を極力避けるべきだ。
いま行革先進自治体といわれている自治体では、住民への情報開示を改革のエネルギーにしつつ、役所の仕事の仕方を変え、住民への姿勢や財政の健全化を実現させようとしている。
市町村合併が進み、財源を効率的に使い、一定の行政能力を蓄えて分権の受け皿となることができれば、市町村に対する不信感は払拭されて、真の地方自治の良さが享受される。
合併することによって、財源が効率的に使える、まちづくりの単位としての整合性が取れるなどが理由とされる。明治の大合併は軍籍の管理と小学校の開校、昭和の大合併は中学校の開校と国民健康保険が市町村の義務となったことがきっかけといわれる。昭和の大合併が進んだ昭和30年代当初の主な交通手段である自転車を使えば、中学校区にあたる現在の市町村は一日の行動範囲であった。今や交通手段は自家用車に変わった。したがって、生活圏や買い物圏もそれだけ広がった。生活行政や産業行政の対象とする圏域も、現行の行政区画を越えるのが普通となった。ところが、生活行政、産業行政は相変わらず市町村が単位となって行われている。この矛盾が、市町村行政の無駄、力不足をもたらしている。市町村を実態の変化にあわせて機能的に再編すべきというのが、合併論の基礎にある
40万人程度の市に合併したところで、過疎地であることが解消されるわけではなく、財政力のない自治体同士が合併しても財政力に余裕は生まれない
そこで無理に合併を考えずとも、広域行政や広域連合を最大限活用して、現行の行政区画を越えて発生する行政課題に関係市町村や府県が積極的に協力すれば、市町村合併が必要とされる理由は、解決できるという意見が浮かび上がってくる。これは地方行政の現場に比較的近いところからあがることが多く、地方行政にかかわる者の本音として現行の枠組みを変えたくない、あるいは変えるために必要とされる多大なエネルギーが無駄であるという現実的判断に裏打ちされている。
基準財政需要額の算定をしっかり作っておれば、財政的に自立できない地区であっても国民として最低限のサービスを享受することができる。
合併すべきかそうではないかの決め手はどこにあるのでしょうか。
@行政コストからみた理想の人口規模
A地域の住民意識がどこにあるか
B福祉を中心としたまちづくりを進めるためにスウェーデンは合併を急速に進めた
まちづくりとは、地域の人々が何に幸せを感じどんな暮らしがしたいか、つまり地域の価値観を形にしていくことです
なんで合併せにゃならんのか
合併したらどんなええことがあるんよ
合併したら広くなり過ぎて困ることも多いのやないか
合併なんかせんでも広域行政で十分やないのか
現行法での広域行政は、権限と財源の関係で、すべての自治体が全員一致で賛成する事柄でなければ実施することはできません。少しでも個々の自治体の利害にかかわることであれば、十分に機能しません。それは震災復興でも明らかでした。まちづくりでは、全島的な立場から積極的に利害調整することが必要ですから、広域行政では達成できません。
合併すると財政はどうなるんや
学術的な研究では、一般に、合併すると行政費用はかなり節減できます。仮称伊賀市の人口は10万人から18万人余りですが、これくらいの人口規模の都市の一人あたりの行政コストは、最も安くなるという事実があります。しかし、行政コストを下げるためには、公共公益施設を旧来の2市5町村の枠にとらわれることなく効率的に使うことが必要です。
合併すると地方交付税が減るから嫌だという意見も根強い。地方交付税は人口や面積等の外形的単位で、市町村ごとの標準的行政サービスの供給コストを算出しているが、行政サービスのなかには人口規模が大きくなると、一人あたりの供給単価が小さくなるケースがあるので、合併すると確かに交付税は減る(合併特例法では、10年間は少なくとも合併前と同じに扱うとされる)。
合併すると行政区画が狭かったときに比べてきめ細かな行政サービスができなくなるというのがある役所を通じた利益誘導が大切だという意識が働く者ほど、合併するのは困るという意見ではないかと思われる。
自分の地域の推薦を得た議員さんや、役所との間で積み上げてきた人間関係を通じて、何らかの利益誘導をしてきた、あるいはするのが当たり前と思ってきた者にとっては、市町村合併は既得権の喪失以外の何者でもない。それを、きめ細かな行政サービスができないと表現しているのではないかと思う。しかし、それはあくまで供給単価が低くなるからであって、交付金額が減っても理論的には行政サービス水準は落ちない。
地方分権が重要であるのは、地方が独自に意思決定することで地域の状況にあわせたまちづくり、地域おこしができるということである。
市町村合併は、まちづくりのためにするものという基本に立ち帰るべき
身近な問題について合併後の姿を示してほしい
合併したら不便になるのではないか
合併についての情報量が少ないとの認識も強く、地域説明会などを通じ、住民の意見の把握に努めること
特に道路整備やごみ収集、水道料金や介護保険料、国民健康保険料の格差など、生活に結び付いている事項や金銭的な負担について住民の関心が高い。
それぞれの地域の中長期的なビジョンを示していくことも行政側の重要な役割である
新しい市の名前を公募する
今年に入ってからの動きは、新潟市黒崎町、西東京市、潮来市、さいたま市が誕生し、法定の合併協議会は八月発足予定も含めて二十六カ所、それ以外の任意の協議会や複数団体による研究会を含めると、その構成市町村数は千二百四十七と全体の四割近くに及んでいる。
三重県が合併重点支援地域に指定
かつての合併と今では、交通事情や通信手段が違い、中心市街地でなくとも当然変わらない行政サービスを受けることができる。
篠山市の人口一人あたり歳入総額600,000円、地方債150,000円、地方税収、120,000円、歳出総額600,000円、人件費110,000円、公債費60,000円。