文庫本「りんごの涙」(俵 万智:著)が入っています。(2001年2月17日)

俵万智さんの短歌づくりの師である佐々木幸綱氏が「人間の歌」という題で語っている。

「私いま人間人間へ呼びかける声のありざまを思うのみである。それは、たぶん論理ではない。意欲と志に支えられた人間の本音であるしかないだろう。本音だけが波紋をつくれるのだ。その人間の声は人間であることの責任において発せられる<発言>でなければならないだろう。(中略)短歌を呼びかけたがる心の表現だと私は考えるから、何かを言いたい、発言したいと思いつつ作歌をはじめるわけだが、その過程でいつも短歌の極北は沈黙であるという抜きがたい信仰めいたものが頭をもたげるのだ。はるかかなたの沈黙を信じながら発言する、作歌時につねに感じる矛盾である。」

この文章を読みながら、僕は、2001年1月26日におこった「JR山手線新大久保駅線路転落事故」を想いおこした。酔っ払ってホームから線路に転落した男性を助けようと2人の男性が巻き添えになり亡くなった事故である。2人の男性とは韓国人留学生の李秀賢(イスヒョン)さんと、カメラマンの関根史郎さんだ。文学を含め芸術は確かに生きる勇気や糧を与えてくれる。と同時に、この2人のような人間の行為に強い衝撃を受ける。比べるものではないが、何も語らず、2人は逝った。