セットしていた筈の目覚まし時計が鳴り響く時間よりも遥か前に肩を揺り動かされ、跡部は 布団の中で眠そうに低く唸った。 煩いと邪険に手で払おうとするが、肩を揺さぶる動きは相変わらずだ。 目覚ましが鳴るまで未だ時間があることを本能で知っている跡部は、再び睡魔に身を委ねよ うとしていた。 「跡部、起きろ。いつまで寝ている気だ」 今度は少しばかり強くそして乱暴に揺さぶられたため、気持ちよく眠りモードに入ろうとし ていたのに流石の跡部も覚醒を促される。 少し低めの声は心地良く、頭の芯まで完全に目覚めきっている状態ならばいつまでも聴いて いたいと思うところだが、流石に半ば強制的に目覚めさせられた今はそんな気分にすらなら ない。 「いつまでも未練がましく布団の中にいるな。寝穢いぞ」 厳しさすら伴う声で咎められて不機嫌そうに唸った跡部は、布団の中で暫しもぞもぞしてい たが、やがて諦めたのか緩慢な動きで起き上がった。 憮然とした表情でぐしゃぐしゃと頭を掻き毟る。 「手塚・・・テメエ」 「さっさと目を覚ませ。遅刻したいのか?」 不機嫌な跡部など意に介そうとはしない。普段から早起きの手塚は、傍らに誰がいようと習 慣を崩すことはなく、早々に起きて着替えを済ませていた。 「忠告しておくが、俺の家から氷帝まで行くとなるといつもより早く出ないと完全に遅刻だ ぞ?大体、今お前が居るのは俺の家だからな」 忘れてはいないと思うが、と念を押す手塚の端正な容貌を忌々しげに見つめ、判っていると 舌打ちしてみせる。 手塚の云うとおりである。 跡部は週末から手塚の家に泊まりに来ていて、今日は手塚の家から学校に行くことになって いた。青学ならいざ知らず、青春台から氷帝へ行くとなると通勤通学ラッシュ時間を考えた らそろそろ準備しないとマズイ。 低血圧のため寝起きの機嫌最低な跡部は、渋々次の動作に移ることにした。しかし、眠気の 方が勝っている所為か動きは緩慢だ。 「眠いぞ・・・チクショウ」 不機嫌さを露わにして跡部は低く呟いた。そんな彼を目の前にしても手塚は表情一つ崩さず 平然としている。 寝起き最低の我儘大王である跡部を上手く扱えるのは、目下のところ手塚しかいなかった。 「ほら、早く制服に着替えろ」 呆れた口調で云い、手塚はハンガーにきちんと掛けておいた制服を差し出した。 几帳面な彼の気遣いもあってか、制服には皺一つついていない。 殆ど惰性で制服を受け取った跡部はパジャマを脱ぎ、シャツの袖を通した。欠伸を噛み殺す こともせず、連発しながらボタンを留めていく。 最後にタイを締めようとしたところで、突然跡部の手が止まった。 「跡部?」 どうしたと怪訝そうに首を傾げる手塚の視線から逃れようと、跡部はくるりと背中を向けた。 そうして、再び忙しなく両手を動かし始める。 「だあああっ、ムカツク!」 「だから、どうしたんだ?」 手塚を顧みた跡部の首許には、不恰好に結ばれた氷帝のタイがぶら下がっていた。小さな子 供の癇癪さながらに、跡部は乱暴にそのタイを解く。 きょとんとした手塚の前で何度もタイを結び直すのだが、何度試みても不恰好だ。 「チクショウ、喧嘩売ってやがんのか?!」 悪態を吐く跡部を見つめ、手塚は苦笑を誤魔化すのに懸命だ。 やれやれ世話の掛かる奴だと云わんばかりに肩を竦める。 「タイ・・・結べないのか」 「うるせえな!結べねえんじゃねえ。苦手なだけだ!お前は学ランだから楽でいいけどな、 ネクタイ結ぶのってメンドーなんだよ!」 跡部の論理に呆れたのか、手塚は柳眉を顰めた。 軽く嘆息する手塚は、“大概甘やかし過ぎだな”と自覚たっぷりの諦めの極致だ。 「・・・跡部、ちょっと来てみろ」 「ああ?」 顔を顰めつつも手塚の云うとおり傍に寄ると、手塚はぶらんと垂れ下がったタイを手に取っ た。そして、器用に結び始める。 その手際の良さに、跡部は思わず感服してしまった。 「出来たぞ。全く・・・いつもはどうしてるんだ?お前」 きつくならない程度にきゅっと締めて完成したタイは見事である。手塚の性格が出ているの か、きちんとしていて文句ない。 「いつもって・・・朝は朝練があるからどうせ着替えると思って面倒臭くてやってかねえし、 朝練の後は樺地にやって貰うから心配ないだろ。体育の時は忍足にやらせてるし、部活後は やっばり面倒臭えからやらねえ」 毎度ながら呆れた男だと手塚は嘆息した。彼の我儘に付き合わされる氷帝の連中はさぞ迷惑 していることだろう。こうして甘やかす自分を棚に上げて云えることではないが、彼等に同 情を禁じ得ない。 「・・・んだよ?」 「いや・・・別に」 ほら、とベージュ色のブレザーを手渡された跡部は無造作に羽織った。ここまできて漸く頭 がスッキリしてくる。 鏡を覗き込んで完璧なタイに満足したのか、跡部は鏡像の自分に向かって不敵に笑う。 「タイ・・・毎日お前に結んで貰うかな」 「冗談じゃない。毎朝お前の低血圧に付き合わされて堪るか。いい加減自分のことは自分で やれ」 自分にも他人にも厳しい手塚の口調は我儘大王相手でも容赦ない。 「お前がウチの部員だったら、グラウンド10周じゃ済まないトコロだ」 「テメエは・・・ホントに走らせるの好きだよなあ。連中に同情するぜ、俺はよ」 「いらんお世話だ」 そう冷たく返した手塚は、ふっと机の上に置いている時計を見た。 「どうでもいいが・・・冗談抜きで遅刻するぞ、お前」 「ゲッ、マズイ」 急げと慌しくドアを開けて階段を駆け下りていく跡部の後姿を見送りながら手塚は小さな苦 笑いを浮かべていた。 さて。 跡部景吾はその日の機嫌がすこぶる良かった。 タイを解かなければならない体育はなかったので、形良く結ばれたタイは完璧な状態で下げ られている。 手塚が結んでくれたものだ。勿体無くて解く気にもなれない。 「なんや?エラク今日は機嫌エエんとちゃう?」 気味が悪いと軽口を叩く忍足に向かって、跡部は返事代わりにフフンと鼻を鳴らした。 「朝からイイことがあったからな」 「ヘイヘイ、左様ですか。そういや跡部。自分のタイ、今日はエラク決まってんな。綺麗な 結びや」 だろう?と自慢げに笑うあたり、どうやらご機嫌の源がタイにあるらしいと忍足は察知する。 「国・・・手塚が結んでくれたからな、今朝は」 あの厳しい口調はそのままに、そのクセ甘えさせてくれる彼。何にせよ、この特権は自分だ けのものだと跡部は思う。 「そーやって景ちゃんを甘やかすんが我儘を助長するんやって、判っとんかいな」 形良く結ばれたタイに満足している跡部を見遣り、忍足は嘆息しつつ大袈裟に肩を竦めたの だった。
「THE GARDEN OF SINNERS」の 安曇雅様より500HITリクイラストのお礼として頂いてしまいましたvvリクイラスト(→★)からイメージして書いてくださいました!本当にありがとうございます!!幸せ〜vv