上野天神秋祭 Uenotenjin Festival(Oct 23〜25)
400年の長い伝統を持つ上野天神祭りは、10月23日から3日間、全国から見物客を集めて盛大に行われる.豪壮な二双の神輿の巡幸に供奉する楼車(だんじり)九町の風雅な段車と、それぞれの段(各町の印)の後について行進する豪華絢爛な9台の楼車、さらにその後に続く役行者と源頼朝を中心とするユ−モラスな大小300の鬼行列が、一日中繁華街を練り歩き、遠く元禄の文化を再現する.近畿地方でも異色の大祭りである。上野天神祭りの起源は古く、12世紀末に創建なった。
藤堂高虎の入城後は、この天神宮を上野村山ノ神(現在地)に遷して社殿を造営し、のち鐘楼も完成した。やがて城下の人々は、天神宮を産土神として敬うようになり、菅公崇拝思想が広まると、学問・文章文学の神として町民はもとより芭蕉や土芳らの俳諧人の尊崇を集めることにもなった。歴代領主から上野天神祭礼御覧の仰せが年ごとに下っがたので、町民はこれを栄誉として競って祭りを盛り上げ、供奉行列にも年々凝った装いが施されるようになった。初期の祭礼は練行列を主体に行われたが、次第に豪華絢爛名山、鉾、人形車が出現し、華やかさを競い合った。そして屋台車にお囃子を乗せるだんじりが三筋町に登場し、文化・文政年間(1804〜1829)には、祭礼は一段と精彩を加え、供奉行列の体裁も整えられ、現在見るような天神祭の原形が出来あがったのである。
上野天神祭りの見所のひとつがこの鬼行列。江戸時代、天神祭の趣興のひとつとして登場した仮装行列が恒例となったものです。その中には、徳居町に住んでいた安並という高禄の武士が始めた源為朝の仮装があります。安並の先祖、源為朝が伊豆の鬼島へ流刑された時、その島に住む鬼の首魁を征伐し凱旋したという故事にちなんだものと伝えられています。上野天神祭
- ●とき
- 10月23日〜25日
- ●ところ
- 主に三筋町
- ●みもの
- 鬼行列とだんじり(楼車)
- ●みごろ
- 24日午後と25日
芭蕉祭 Bsho Festival(Oct 12)
伊賀上野NINJAフェスタ Ninja Festa(Apr. First Sunday)
お城まつり[薪能] Oshiro Festival[Takigi-nou](Sep. 12〜13)
「上野城薪能」は、16年間の長きにわたり、上野城を背景に毎年開催され、観阿弥・世阿弥の生誕地上野市に相応し文化性の高いイベントです。中秋の名月に、上野城本丸広場で開催されます.能楽による幽玄の世界を存分にお楽しみください。
観世始祖略歴観阿弥清次(観世一世)
観世流の始祖・観阿弥は、(1322)上島次郎左衛門元成(現上野市守田町)の三男として生れる。
大和猿楽四座の一つ結崎座を結成、後に猿楽に田楽能、曲、舞の長所を取り入れ、能の音曲を改革して能の基礎を確立した。
世阿弥元清(観世二世)
世阿弥元清は、(1363)父.清次の次男として(現上野市守田町)にて誕生、母は伊賀国小波多(現名張市小波多)竹原大覚法師の娘である。
元清は父・清次の跡を継いで観世流(結崎座)を統率し、卓越した曲、能楽論を多く残して猿楽を大成した。
お城まつり(薪能)
- ●とき
- 仲秋の名月の夜
- ●ところ
- 上野公園上野城
- ●みもの
- 薪能
- ●みごろ
- 夜


