目  次

1、 はじめに
2、 ベナーの看護の中心的な4つの概念
3、 べナーの5段階
4、 理論を臨床実践に活用する
5、 看護実践の7つの領域と31の能力
6、 キャリア開発への適用
7、 ベナーの看護論から学んだこと
8、 おわりに


はじめに

21世紀を迎え社会の変化は著しく、わが国の少子高齢化も急速に進んでいる。2015年には、高齢化率は25%(65歳以上人口が4人に1人)になり、2050年には3人に1人に達するであろうと推測されている。在宅における看護の役割を明確にすることも重要な課題である。また、医療が進歩し複雑化する中、院内感染・医療事故防止・医療における倫理などの問題もクローズアップされている。更に、グローバル化に向けた取り組みや、地域情報ネットワークづくりなど看護の質の向上を求める声も高まってきた。このような現状をふまえ、看護は、科学的思考に基づいた問題解決能力を発揮し、実践能力(技能)を展開していく必要がある。 
豊かな人間性をそなえ熟練した看護実践を提供できる人材育成のために必要なプロセスとは何であるのかを考えたとき「感覚的な気づきが良い看護判断の中心をなすものであり、実践的知識(臨床のノウハウ)を重視し、問題を明確にしていくことが重要である。」という"臨床実践能力"に焦点を当てたベナーの看護論を学ぶ機会を得た。継続教育・キャリア開発への取り組みの一助とすべく検討を行ったのでここに報告する。


ベナーの看護の中心的な4つの概念

看護の中心的な概念を、ルーベルと共著である「The Primacy of Caring Stress and Coping in Health and Illness」の中で、人間・環境・看護・健康についてベナーはどのように描いているのかを、とらえる。


人間
ベナーの人間学のとらえかたは、実存主義の哲学者であるハイデッガー(M.Heidegger)と現象学のメルロ・ポンティ(M.Merleau-Ponty)の考えに基づいている。現象学的人間観についてハイデッガーによれば、「人間とは己を解釈する存在である」「世界内自己を、努力しなくても、また熟考しなくても理解する」とある。これらを踏まえベナーは、@人間を身体に根ざした知性として存在Aそれぞれの属する文化・家族を通じて背景的意味を与えられるすなわち人間は特に努力や意識的注意を払うことなしに円滑に生活していけるということを、現象学的人間論の二側面について示している。もう一つの側面では、B人間は関心を通じて己以外の事象に巻き込まれ関わり合う、つまり自らの関心によって規定される存在であると述べている。人間とは、環境の内に生息するというより自分の世界に住まう存在であるとし、身体に根ざした知性と背景的意味と関心を通じて、人間は状況を己にとってそれが持つ意味という観点から直接つかむとしている。
状況:ある人間にとって、ある時間枠・ある場所で際立ちを持つ関心事・情報・資源の総体
背景的意味:ある個人が生誕以来、自分の属する文化・家族を通じて与えられてきた意味
および自分の人生経験を通じて獲得してきた意味
関心:大事に思う事柄や人のこと
気づかい:人の世話をする、看護する


環境
ベナーは環境という用語ではなく、状況という用語を使っている。一般的な環境という言葉の下位概念として用いる。これは状況のほうが、人々の集まりである環境の社会的定義として、意味が伝わりやすいと考えている。その状況にかかわる人々の相互作用、解釈、理解によって、その人がそれをどのようにとらえ、行動するかにかかっているということを示している。



看護
ベナーは看護を、ケアリング関係であり「つながりやかかわりを可能にする条件である」と述べられている。また「ケアリングは、援助を与えたり、援助を受け取ったりすることとの可能性を設定するものであるから、第一主義的なものである」とし、「看護はケアリングの実践であり、そのわざと倫理、および責任感によって導かれている」とある。ベナーの理解によれば、看護実践は健康、病気、および疾患の生の体験と、これら3要素の関係についてのケアであり、学習であるということになる。
患者の持つ意味の世界と巻き込まれている状況を理解し、その状況の中での可能性をひろげ、新しく意味付けられて世界を再建できるよう、気遣っていくことであると示している。


健康
ベナーは現象学の立場から、健康であること、あるいは病気であることという人の生きられた体験に焦点を当てている。「健康とは病気でないということではなく、病気イコール疾患ではない。つまり病気は人間の喪失や機能不全の体験であり、一方疾患は細胞、組織、器官レベルの異常である。人は疾患を持っていても自分自身が病気であるという体験をしていないのかもしれない」と述べている。
ベナーは、健康を身体と心を総合的にとらえる観方に基づき、健康という概念を"安らぎ"という言葉でとらえている。安らぎは、人の持つ可能性、実際の実践、生き抜いている意味、この三つの間の適合として定義され、その人が他者や何らかの事柄を気づかうとともに、自ら人に気づかわれていると感じることによって、健康は生み出されるとある。



ベナーの5段階

ベナーは看護師が初心者から熟練した看護師に成長していくまで、どのようなプロセスを踏んでいくのかを考えた。看護実践の技能をどのように習得していくかについてDreyfusモデルをもとにし5段階で表している。この段階をベナーは初心者(Novice)、新人(Advanced beginner)、一人前(Competent)、中堅(Proficient)、達人(Expert)と述べている。
Dreyfusモデルとは哲学者の兄(H・L・Dreyfus)と数学者の弟(S・E・Dreyfus)により開発されたもので、パイロットやチェスプレイヤーがどのように技能を獲得していくか、そのプロセスを明らかにしたものである。
ベナーは各段階について以下のように説明している。

初心者(Novice)
初心者は置かれた状況に対して経験がないために、原理原則に則った行動はかなり限定され柔軟性もない。また期待される行動もとれない。初心者はその状況に直面したことがないために、対処方法のガイドラインがあれば一通りの行動はできるが、実際の状況下で何を優先にするか判断できない。この初心者には看護学生があてはまるが、また、高いレベルの技能を持つ看護師でも、経験したことのない状況におかれれば、初心者のレベルに分類されるのではないかとベナーは考えている。

新人(Advanced Beginner)
新人は「かろうじて受け入れられる仕事ができるようになった段階」。新卒看護師から卒後2年以内の看護師をさす。初心者に比べていくらか経験があるので、ガイドラインに基づき与えられた課題を遂行することはできる。部分的な状況に応じて自分で優先順位を決めることや、省いてもよいところを省略することは困難である。何を優先させるか決める際には、経験者の助言が必要である。また、患者のニードと反応よりも看護師としての能力の観点からみており、教えられたルールを思い起こすことに集中してしまう。

一人前(Competent)
この段階は同じまたは類似した状況で2〜3年くらい仕事をした看護師があてはまる。一人前の看護師は直面した状況を整理し、問題を分析し、ある程度の予測をもとに計画したり行動したりすることができる。一人前の看護師は一通りの経験を持っているため、看護の場面での統率力はあるし、問題対処能力、管理能力も持っているが、中堅看護師のような柔軟性やスピードといった面は欠けている。

中堅(Proficient)
熟練者の実践は、約3〜5年間類似した患者集団を対象に働いている看護師たちにみられる。一人前の段階から質的に飛躍がみられ、状況を部分というよりは、全体として丸ごととらえられる。患者が急変する前に「なんだか変だ」とその兆候を察知するように、一から十まで全てわかった上ではなく、さっと見ただけで問題に気づく知覚である。自分自身の知識や能力に自信をもっており、目標や状況の変化に柔軟に応じることができる。また状況の関連性の変化を見抜き、その変化に応じた状況に対する熟達した反応を認識し対応する能力をもつ。しかし、今までに経験したことのない状況の場合にはこのように対応できないので、状況を分析し、対処する方法を選ぶ。

達人(Expert)
この段階の看護師は中堅以上となるが、一口に何年の経験を積めば達人看護師になれるかという明確な表現はできない。達人看護師は背後に豊富な経験を有しているため、状況を直感的に把握し、他の診断や解決方法があるのではないかと苦慮することなく、正確な方法に照準をあわせることができる。また達人看護師の特徴として、患者に傾倒すること(commitment)、状況に巻き込まれること(involvement)が挙げられる。



理論を臨床実践に活用する

一事例を通し、ベナーの看護理論によって、対象をどのようにみるか、どのような介入(援助)を行うか、臨床での教育のために理論を活かしてみる。


事例:H様75歳男性、胃癌の疑いで、初めて入院し明日胃カメラの検査がある。H様を担当していた看護学生にN看護師が「明日胃カメラの検査のマニュアルに絶飲食って書いてあったよね。H様への説明をお願いしますね。」と11時頃声をかけた。看護学生に15時頃「Hさん、昼食は絶食の為、不摂取。」とN看護師は検温の報告を受け、慌ててH様の部屋に訪室し、改めて21時以降の絶飲食の必要性を説明し直した。H様は、少し不機嫌そうに、お茶を飲んだ。検査当日、D看護師はH様の表情が朝からこわばっており、不安が強いことに気づいた。H様の不安軽減を図るために「なにか困っていますか?絶飲食でしたが、体の調子はいかがですか?」と声をかけた。看護学生は、H様に朝の挨拶を済ますと、他の学生の、患者様のケアの介助にあたった。看護学生が検査に行くよう声をかけた。しかしH様は検査に行きたくないと、ベッドから起きようとしない行動を起こした。看護学生は思うように声がかけられず、D看護師を呼びに行った。D看護師は、H様に声をかけ、また検査室と担当医に連絡し調整を行った。その後、D看護師の声かけと検査の説明によって、ようやく内視鏡室にD看護師、看護学生と共にH様は胃カメラの検査に行くことが出来た。

事例は、看護学生(初心者)とD看護師(中堅)のH様に対する援助であるが、ここでは、新人、中堅、達人の場合とを想定し、臨床での教育を考える。


初心者;明日胃カメラの検査があるH様を担当していた看護学生に「明日胃カメラの検査のマニュアルに絶飲食って書いてあったよね。H様への説明をお願いしますね。」とN看護師は11時頃声をかけた。看護学生の理解不足の為、H様は昼食を食べずにいた。

*必要とする教育
・ 病棟マニュアル、検査手順マニュアルに書かれている検査目的の意味が理解できているのか、看護手順を理解することができているのか、初心者でない看護師と共に不明な点を明確にする。自らの看護手順を作成する。
・ 経験した看護ケアを振り返り、次のケアに生かす


新人;明日胃カメラの検査がある患者様に対して、新人看護師がマニュアルに沿って、絶飲食の説明を行った。しかし翌朝患者様が飲水しているところを深夜勤務の看護師がみつけた。新人看護師に患者様が飲水していたことを注意すると「マニュアルどおりに説明しました。」というのみで、患者様に対して確認行動ができていなかった。

*必要とする教育
・ 一般的なガイドラインに頼っている患者ケアには、少なくとも技能と実践は一応のレベルに達しているナースのバックアップを得、そのケアを振り返る。
・ ガイドライン一つ一つに新たな経験を付け加えていけるようにする。
・ 何が重要であるかを整理することができないので、重要な患者のニーズを見落とすことのないよう整理をする。
・ 顕著な手がかりから優先度を決める学習をしていく。


一人前;胃カメラの検査のある患者様に対して、指導もでき、前日からの患者様の検査への不安にも気づき、声かけなどのケアを行っていた。しかし検査直前になり、患者様が検査への不安からベッドからなかなか起き上がろうとしなった。一人前看護師は患者様の行動は、検査への不安増強のための行動だと判断し、不安軽減に努めようとしたが、患者様は検査に出棟しようとせず、担当医から問い合わせがあった。検査の時間に遅れてしまい、時間調整や他部門との連携まではできなかった。

*必要とする教育
・ プリセプターとなり、指導することで新人と共に学習していく。
・ マニュアル通りでない看護を要求される事例についての問題解決方法を考え、計画を立案する。


中堅;本日胃カメラの検査のあるH様の表情が朝からこわばっており、不安が強いことに気づいた。H様の不安軽減を図るために患者様に「なにか困っていますか?絶飲食でしたが、体の調子はいかがですか?」と声をかけた。しかし検査になかなか行こうとしない行動を起こしたH様に対して声かけをし、また検査室と担当医に連絡し調整を行った。

*必要とする教育
・ 状況を把握する能力が強く求められるので、期待されるケーススタディを行う。ケーススタディを効果的に行うには、実際の臨床状況に類似したさまざまなレベルの複雑であいまいなものがよい。
・ 臨床の状況に始まり、自分流の状況理解ができる帰納的な学習を行う。
・ 学習経験は、実践中の2種類のケースを言ってもらうことで明らかになる。(@成功した感じ、介入によって違いがもたらされたと考えられる状況。A満足のいかない実践、もしくは葛藤や混乱を感じている状況。)


達人;本日胃カメラの検査のある患者様の表情が朝からこわばっており、不安が強いことに気づき、すぐに「検査についてなにかご質問がありますか?」「おかわりありませんか?」「初めての検査ですので、検査室までご一緒させていただきます。」と頻回に訪室する。話しかけをし、時間を共有することで患者様の表情も和らぎ、検査への不安の軽減につながった。検査もスムーズに行われた。


 初心者から達人への階段を、教育によって上ることができるよう、個々に応じた看護の臨床での教育が重要であることが明確となり、教育方法を考える機会を得られた。


<看護実践の7つの領域と31の能力>
<治療処置の実施と観察>  <援助役割> <急変時の効果的な対応>
<指導/手ほどきの機能>  <質の高いヘルスケア実践をモニターし、保証する>
 <診断機能とモニタリング機能> <組織化の能力と仕事役割能力>

  ベナーは「熟練した看護実践(例題)に示される範囲や能力は、臨床実践の中にうもれている。実際の臨床実践での変法や例外などは、過去に類似した状況、あるいは類似していない状況が、徐々にナースの経験の蓄えとなる。それが、初学者にとっては、たいそう重要である。」といっている。
AMICAE(専門職内のコンセンサス、アセスメントおよび評価に関する達成方法)プロジェクトは、実際の臨床実践での作業の形跡を明らかにしようと考え、ナースに患者ケアのエピソードを叙述的に記述するよう求めた。その筆記録とフィールドノートの調査、分析から、実際の看護実践を機能や内容が類似しているもの毎にまとめ、7つの領域に分類した。さらに、それに入る31の実践能力を抽出した。
ここでは、それぞれの領域の中から日頃よく遭遇する看護場面を取り上げ、そのような場面での達人ナースの実践技能が表象されているものを例題としてあげた。


領域1、援助役割

ここでいう8つの能力とは患者とともに過ごし、触れることで安楽をもたらし、癒しの関係を持つことにより患者に必要な援助を見極め、援助する能力をいう。これは患者の回復や患者を力づける技術的ケアである。

例題 
 
達人ナース:緊急事態であり、彼女は挿管されていたほかに多くのことがなされていました。その中で彼女は誰かを求めていたのですが、彼女の手を握るのは私たち以外にそこには誰もいませんでした。彼女は耳が聞こえず何が起こったのかはわかっていなかったのですが、事態が大変だということはわかっており泣いていました。私ともう一人のナースは彼女の手を握り、「万事うまくいっているわ。」と言いました。そうすることが最も重要なことのひとつだと思ったのです。なぜって、彼女は人を求めていたし、身体に触れることと視覚を通してしか安楽やケアを受けることができなかったのですから。


領域2、手ほどきの機能

患者に新たな可能性を提示するためには単に情報を提供するだけではなく、ナースがどのようにあるべきか、いつどのように対処すべきかを5つの実践としてあげている。
5つの実践として、患者が病気について解釈していることを引き出し理解する。そしてどんな情報が患者に役立つかを調べ、実際行えそうな方法をしぐさや態度、および反応などで伝達することがあげられている。

例題

すぐれた臨床家が、乳癌の若い女性が解釈していることをどのように引き出したかについて語った。
達人ナース:患者は私に、自分の過去の性的体験について多くのことを話しました。どうして自分が子供を望まなかったか、しかもいとも簡単にそう思っていたかを。望んでいなかったのに彼女は子供をもったのです。このとき彼女は子供をもったから癌になったのだと感じていました。子供をつくろうという夫に屈服しなかったならば、このようなことはおこらなかっただろうと思っていました。

インタビュアー:それについてあなたはどう応じたのですか?
達人ナース:話を聞きました。私は「もしあなたが病気の原因をそのように考えているのならば、あなたはたくさんの罪悪感につきまとわれていて、とてもつらいことでしょうね。」彼女はそうだったのです。

インタビュアー:彼女は妊娠したために癌になったのかどうかを、どんなふうに聞いてきたのですか? それともただ単に彼女は自分の考えをわかってもらおうとしていたのでしょうか?
達人ナース:ただわかってもらおうとしていました。


領域3、診断機能とモニタリング機能

現実の実践で時間の大半を患者とともに過ごすナースが、最初に患者の状態の変化をつかむための5つの能力を示している。
実際の患者の状態から早期に警告信号を提示する。そして起こりうる問題を予想し、患者に必要なニードを予知する。また、個々の生命体は可能性をもっているという信念に基づいて現実を見ていくことを必要としている。

例題

インタビュアー:ICUに患者を迎え入れるとき、その準備をしながらあなたはどんなことを考えていますか?
達人ナース:普通は、これまでどんな経過だったのだろうかということと、私が期待することについて考えています。この患者について言えば、患者の左肺はどんなか、どんな手術を受けているか、心臓の問題は何か、脈拍はどんなか、妻は心配しているかいないか、そして私はこれらの情報をすべてまとめて、このように言うでしょう。
おそらくこの患者は出血するでしょう。ヘマトクリットが高く、心拍出量を促すために、何か薬が必要です。それから点滴の準備をしておけば、何か起こったときその最中に血管確保をしなくてすみます。ですから、私は起こりそうだと思われる事態に備えておきます。ここでは患者のデータに基づいて私が予知することです。

    
インタビュアー:それで、あなたはいつも先のことばかり考えて仕事をしているのですか?
達人ナース:そうです。しかもそれはおそらく、私の何年もの実践のなかで起こる大きな変化のひとつです。私がそれ以上考える必要のないアセスメントを土台として、すばやくジャンプすることができます。私はわかっていてそれをすることができます。そしてそれを先のことにつなげていけるのです。これは学ぼうと思っても、たいへんむずかしいことです。新人ナースにとって、グループとともにプロセスに出会って、それについて考えるのは困難です。一般的によくみられる考え方は、次のようなことです。「尿量と腎機能がどうか心配しています。」しかし、さらに次の段階を考えて、次のような問いをするのがとてもむずかしいのです。「どのくらいの量を与えたらよいか、そしてそれをどのように測るか、何を基準にするか、どんなたぐいのことをそれ以前にみておくか。」


領域4、急変時の効果的な対応

ナースは危機を予防するとともに同時に管理できなくてはならない。そのための能力として3つ、極度の危機にさらされている緊急事態における熟練した実践、必要とする資源の認識と活用、医師の助けが得られるまでの看護実践の範囲内での対応をいう。

例題

達人ナース:私は、胃腸出血の診断を受けた新しい患者を受け持ったところでした。「彼はすっかりよくなるよ。」ということで、その医師は最小限の指示を出して行きました。医師の「すっかりよくなる」というのは、かなりの頻度でよく変わるものです。患者の血圧は100台、脈は90台で、かなり安定しているようにみえました。彼はナースコールのほうに向き直り、少し吐き気がすると言いました。あっというまに、こげ茶色のぶどう酒様のものを大量に吐きました。一瞬にして顔から血の気が引き、玉のような汗がふきだしてきました。私は彼を寝かせ、1人のナースに血圧を測るように、他のナースには点滴の準備をするように言いました。医師に電話をしましたが、「当番ではない。」とのことで、当番の医師に言いましたが、「その患者のことは聞いていないので指示が出せない。」と拒否されました。もう一度交換台に最初の医師に電話をつないでもらうと、こちらに向かっているとのことでした。そこで、ヘマトクリット値とヘモグロビン、そして凝固不全があるかをみる検査のための採血をしました。それからNGチューブを入れて冷やした生理食塩水で胃を洗浄しました。やっと医師が来たので、今までしたことを述べ、それは彼にとってよいことだったと伝えました。


領域5、治療処置の実際と観察

ここでの4つの能力は、ナースたちが実践から学んだことを系統的に記録することによって、治療処置によるリスクや合併症を最小限にし、正確かつ安全に行うことで治癒を促すことが出来るという説明がなされている。
この領域に埋もれている知識は、手順的な記述によっては浮かび上がってこない事も多く、試行錯誤することで自分たちの技を得たのであって、この熟練した技能の多くの側面に関しては概して気づかないことも多い。

例題

達人ナース:胃癌で外科的治療を受けた患者が、化学療法の目的で5クール目の入院となりました。毎回、経皮静脈的にカテーテルを7日間挿入しており、日常生活動作の制限は殆ど支障がなく過ごしていたため、活動がだんだん活発となっていました。点滴の滴下がコントロール不良となることもありましたが、いつも経過は順調であり、今回も支障なく終了するであろうと思われていました。しかし、わたしたちは、患者の活発な行動と点滴の内容(5FU)を視野に入れ、注意深く観察していたため、点滴挿入部からのリークに早く気づき、点滴を抜去する必要があると判断しました。ただちに医師に報告を行い、挿入部周囲の炎症(皮下組織の壊死状態)を最小限にくい止める処置を施しました。


領域6、ケア実践の質をモニターし保証する。
  
ナースは常にそこにいて、患者のヘルスケアーチームと多くの相互作用を調整している。大切なことが3つの能力として述べられている。
良いナースというものは、起こっている全てのことを自ら進んで知ろうと努める。患者に関心を持ち、患者が困って警報を発しているという異常の手がかりを受け止めることであり、ナースはわずかだが重要な変化をとらえるために、患者の普段の行動やありように対する鋭い感覚をも必要とされる。そして、多部門が衝突しないように、安全な医療、看護ケアを提供し、バックアップシステムを提供するために能力を発揮する。医師とナースとの間によいコミュニケーションが存在し、協力的な相互作用が行われていることが必要とされる。
 
例題

達人ナース:私は、患者の状態により夜間のバイタルサインチェックが、今、本当に必要なのかを考えました。術後数日経過した患者に対し、いつ、バイタルサインチェックを中断するのかということ、平行して考える重要なことは、痛みや苦痛を最小限にして、夜間の睡眠が十分に得られているかという配慮を行うことが出来るということにあります。私たちは、血圧や脈拍をとる変わりに注意深く観察することで代用するという観察の目を持っています。そうすることで患者の睡眠は確保され、体力の消耗を最小限にすることが可能となるのです。患者にとって、良いと思われることについて、医師に対し自信を持て、自分の考えを述べることが出来るものです。
 

領域7、組織化と役割遂行能力

この領域は、実際の仕事から学ぶことに依存していると言える。ナースは複雑な組織において卓越した働きを要求される。具体的には3つの能力に分類され、24時間継続して患者の多様なニーズに対応し、安全で最適なケアを提供するために協力とチームワークが必要とされる。スタッフの不足や、高い退職率への対応が求められているところでもある。

例題

達人ナース:ある患者が、食事中に誤嚥して緊急の処置を要する場面に遭遇しました。その病棟に勤務していたナースたちは、ただごとではない患者の反応を敏感に察知し、あるものは患者を処置の可能な病室に移送し、また、ひとりはその病室に必要な器具をセッティングし、そして、医師への連絡を行い、到着するまで可能な限りの蘇生・準備をおこないました。彼女たちはそれまで行っていたこと全てをやめて、進んでここに来て、緊急事態に対応してくれたのです。


キャリア開発への適用

ベナーは看護実践をナースの語った言葉そのものから質的に分析していく研究を行った。そして、「臨床の現場で、経験を積んだナースが実践報告と適切な記述に従って認められ、報酬が得られ、さらに臨床にとどまることが、患者ケアの質の向上における第一歩である。」
といっている。
現場の第一線で活躍する熟練したナースたちが、気がついたら毎日、仕事はできるようになっていたが、このままでいいのか、何か壁を越えたいが、次の扉が開けられない、先にすすめない、そんな行き詰まりと焦燥感を抱いている。
 また、特に女性にとっては、結婚、出産、育児といったライフサイクルでの出来事を計画に含みながら、キャリアを発展させていかなければならない。
 三重県の看護師の離職率が全国でワースト2位であることもこのようなことが関連しているのか。また、在院日数の短縮化によるクリティカルパスの導入といった現状の中で看護の質の保障をどのようにしていくのか、といった議論がグループの中でなされた。
 三重県におけるキャリア開発の現状を考えたとき、どうも発展途上であるように思える。
何故キャリアが発展していかないのか、その理由を考えてみた。

    その前に用語の説明(看護の文献において)
・ キャリアデベロップメントとは、職業をとおして自己実現の欲求や期待を実現していくこと
・ キャリアデベロップメントの計画とは、1人ひとりのナースが責任を持って自分自身を知り、まずは自らの仕事の道を考えることである。
・ キャリアデベロップメントプログラムとは、ナース個人のキャリアの発展をサポートすることを目的に組織の目標を達成することと関連させるためにつくられるシステムである。

@ 臨床実践能力の正当な評価がない
ベナーは、理論的知識と実践的知識は異なるのであって、「熟練した実践は理論的知識によるのではなく、経験によって裏付けられたれた個人的知識を内在している。」といっている。現状として、年功序列の考え方が根付いているため、昇進などの基準が不明確で、正当な評価がなされていない。→臨床実践能力に注目し、検討する必要がある。

A 未発達な組織プログラム
キャリア開発のために組織的プログラムが未発達なことも原因であると考えられている。
例:院内教育プログラム→学習者が本当にしたいことができているか
            やらされ意識ばかりになっていないか
  配置転換→ナース個人のキャリアデベロップメントの計画が考慮されているか

B 未開発な相談機能システム
自分のやりたいと思っていることを成し遂げるために、どのような道があるのか、どこに相談すればよいのか。解決策がうちだせず「辞めたい」「とらばーゆ」の方向へ向かう現状がみられる。
 このような原因を解決し、キャリア開発に取り組む必要がある。すでに以下のような方法で臨床実践能力を評価している病院もある。
 ベナーの臨床能力の修得段階モデルによる評価基準を作成し、個々のナースの実践能力を理解し、個々の目標を話し合い指導計画を立てる。
 また組織としては、各スタッフの弱い点を知ることにより、院内教育プログラムの計画立案に役立てたり、適正な人員配置を行うための資料にしている。
 しかし、ベナーは「高いレベルの技能を持つ看護師でも自分の知らない領域、または状況におかれれば初心者のレベルに分類されることがありうる。」ともいっている。このことより、人員転換が行われた時の評価者や、評価のためにかかる時間の多さ、評価時期がずれるなどの問題点がある。また、病棟の特殊性に応じた評価基準を作る必要性もあるといわれている。
 

この看護論からの学びをグループで討議した

看護論から学んだこと・考えたこと
・各場面を記述し、振り返り、ディスカッションすることで物事の把握、分析がしやすい。また、1人の事象だけで振り返るのではないので、状況を多面的に捉え、視野や考え方に幅ができ、看護が広がるということを学んだ。
・コミュニケーションという手段を用いることにより、人間関係の構築につながると考えられる。そして、自己実現することにより、自己の成長をはかるために目標設定が明確になり、アクションを起こしやすいということを学んだ。
・今後の看護に求められる点として身近な看護理論の展開が可能であると学んだ。
・熟練した臨床実践(経験的ノウハウ)に埋もれている意味や知識を明確にし、そこから得られたものを適切に記述して公の論文にすることによって、新たな知識や理解が構築される。ひいては、看護理論の開発や拡大に貢献することができると考えた。
・日々の経験が自らの看護の基盤となり、自らのキャリアを発展していくということを学んだ。
・個の目標を自らと、他のスタッフと向き合い、自らを評価していく中で、自らの看護と向き合い、看護を発展させていくことができるのではないかと考えた。


キャリアアップを目指して
・問題解決能力の育成、主体性が必要である
・個人的なキャリアアップが、チーム医療・看護全体の質の向上にもつながる
・常に自己研鑽し、生涯学習につなげていくことが大切である
・コスト意識、個人の能力開発にかかる費用、資源を活用していく必要がある
・援助役割を担っていく人材を育成していく必要性・臨床実践能力に対する評価基準の確立、人的資源計画の検討・実施、組織化が必要である
・キャリア開発のための取り組みが必要である
・看護婦教育担当者の役割:支援、相談(カウンセリング)、教育、動機付け、能力適正の把握、本人への適切なフィードバック、自己のキャリア開発、実践領域の能力開発に対する支援が必要である
・個人の能力・発達レベルによって個別の育成プランを展開していくことのできるシステムの確立が必要である


今後の課題
 ベナーの理論展開をふまえた上で、日本の文化・風土・思考にあった事象・事例への展開を行い、キャリアアップ開発を検討していくことが必要である。この看護論をよりいっそう身近に取り入れることが可能となるであろう。


おわりに
 今回、ベナーの看護論から得た学びは、看護において常に最高のものを追求していく姿勢を持ち、いかに吸収し、実践、理論に反映させていくかというひとつの指標となり得るものであった。研究と臨床実践への適応、看護職のキャリア開発と教育、卓越性の追求、能力に対する適正な評価基準、環境調整をはかれる組織の構築を目指していかなければならないと考えた。
 今後は、グループでの検討を通して得た学びを更に自己の能力開発につなげ、看護の質の向上に貢献していきたい。

謝辞
今回のグループワークにあたり、ご指導くださった三重県立看護大学、助教授藤本幸三先生に深く感謝いたします。




参考文献

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べナー/ルーベル:難波卓志訳,現象学的人間論と看護, 医学書院, 1999
都留伸子他編:看護理論家とその業績, p191‐203, 医学書院, 1991
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