べナーの看護の中心的な4つの概念

看護の中心的な概念を、ルーベルと共著である「The Primacy of Caring Stress and Coping in Health and Illness」の中で、人間・環境・看護・健康についてベナーはどのように描いているのかを、とらえる。

人間

ベナーの人間学のとらえかたは、実存主義の哲学者であるハイデッガー(M.Heidegger)と現象学のメルロ・ポンティ(M.Merleau-Ponty)の考えに基づいている。現象学的人間観についてハイデッガーによれば、「人間とは己を解釈する存在である」「世界内自己を、努力しなくても、また熟考しなくても理解する」とある。これらを踏まえベナーは、@人間を身体に根ざした知性として存在Aそれぞれの属する文化・家族を通じて背景的意味を与えられるすなわち人間は特に努力や意識的注意を払うことなしに円滑に生活していけるということを、現象学的人間論の二側面について示している。もう一つの側面では、B人間は関心を通じて己以外の事象に巻き込まれ関わり合う、つまり自らの関心によって規定される存在であると述べている。人間とは、環境の内に生息するというより自分の世界に住まう存在であるとし、身体に根ざした知性と背景的意味と関心を通じて、人間は状況を己にとってそれが持つ意味という観点から直接つかむとしている。

状況:ある人間にとって、ある時間枠・ある場所で際立ちを持つ関心事・情報・資源の総       体

背景的意味:ある個人が生誕以来、自分の属する文化・家族を通じて与えられてきた意味

および自分の人生経験を通じて獲得してきた意味

関心:大事に思う事柄や人のこと

気づかい:人の世話をする、看護する

環境

ベナーは環境という用語ではなく、状況という用語を使っている。一般的な環境という言葉の下位概念として用いる。これは状況のほうが、人々の集まりである環境の社会的定義として、意味が伝わりやすいと考えている。その状況にかかわる人々の相互作用、解釈、理解によって、その人がそれをどのようにとらえ、行動するかにかかっているということを示している。

看護

ベナーは看護を、ケアリング関係であり「つながりやかかわりを可能にする条件である」と述べられている。また「ケアリングは、援助を与えたり、援助を受け取ったりすることとの可能性を設定するものであるから、第一主義的なものである」とし、「看護はケアリングの実践であり、そのわざと倫理、および責任感によって導かれている」とある。ベナーの理解によれば、看護実践は健康、病気、および疾患の生の体験と、これら3要素の関係についてのケアであり、学習であるということになる。

患者の持つ意味の世界と巻き込まれている状況を理解し、その状況の中での可能性をひろげ、新しく意味付けられて世界を再建できるよう、気遣っていくことであると示している。

健康

ベナーは現象学の立場から、健康であること、あるいは病気であることという人の生きられた体験に焦点を当てている。「健康とは病気でないということではなく、病気イコール疾患ではない。つまり病気は人間の喪失や機能不全の体験であり、一方疾患は細胞、組織、器官レベルの異常である。人は疾患を持っていても自分自身が病気であるという体験をしていないのかもしれない」と述べている。

ベナーは、健康を身体と心を総合的にとらえる観方に基づき、健康という概念を“安らぎ”という言葉でとらえている。安らぎは、人の持つ可能性、実際の実践、生き抜いている意味、この三つの間の適合として定義され、その人が他者や何らかの事柄を気づかうとともに、自ら人に気づかわれていると感じることによって、健康は生み出されるとある。

ベナーの5段階

初心者Novice

初心者は置かれた状況に対して経験がないために、原理原則に則った行動はかなり限定され柔軟性もない。また期待される行動もとれない。初心者はその状況に直面したことがないために、対処方法のガイドラインがあれば一通りの行動はできるが、実際の状況下で何を優先にするか判断できない。この初心者には看護学生があてはまるが、また、高いレベルの技能を持つ看護師でも、経験したことのない状況におかれれば、初心者のレベルに分類されるのではないかとベナーは考えている。

新人Advanced Beginner

新人は「かろうじて受け入れられる仕事ができるようになった段階」。新卒看護師から卒後2年以内の看護師をさす。初心者に比べていくらか経験があるので、ガイドラインに基づき与えられた課題を遂行することはできる。部分的な状況に応じて自分で優先順位を決めることや、省いてもよいところを省略することは困難である。何を優先させるか決める際には、経験者の助言が必要である。また、患者のニードと反応よりも看護師としての能力の観点からみており、教えられたルールを思い起こすことに集中してしまう。

一人前(Competent

この段階は同じまたは類似した状況で2〜3年くらい仕事をした看護師があてはまる。一人前の看護師は直面した状況を整理し、問題を分析し、ある程度の予測をもとに計画したり行動したりすることができる。一人前の看護師は一通りの経験を持っているため、看護の場面での統率力はあるし、問題対処能力、管理能力も持っているが、中堅看護師のような柔軟性やスピードといった面は欠けている。

中堅Proficient

熟練者の実践は、約3〜5年間類似した患者集団を対象に働いている看護師たちにみられる。一人前の段階から質的に飛躍がみられ、状況を部分というよりは、全体として丸ごととらえられる。患者が急変する前に「なんだか変だ」とその兆候を察知するように、一から十まで全てわかった上ではなく、さっと見ただけで問題に気づく知覚である。自分自身の知識や能力に自信をもっており、目標や状況の変化に柔軟に応じることができる。また状況の関連性の変化を見抜き、その変化に応じた状況に対する熟達した反応を認識し対応する能力をもつ。しかし、今までに経験したことのない状況の場合にはこのように対応できないので、状況を分析し、対処する方法を選ぶ。

達人Expert

この段階の看護師は中堅以上となるが、一口に何年の経験を積めば達人看護師になれるかという明確な表現はできない。達人看護師は背後に豊富な経験を有しているため、状況を直感的に把握し、他の診断や解決方法があるのではないかと苦慮することなく、正確な方法に照準をあわせることができる。また達人看護師の特徴として、患者に傾倒すること(commitment)、状況に巻き込まれること(involvement)が挙げられる。


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