花の陰謡に似たる旅寝哉
元禄一年(一六八八)四十五歳の作である
句意
吉野の花に行き暮れて、たまたま宿を請うた見知らぬ農家の主に手厚くもて
なされる。思えば、爛漫の花の木陰を宿とする今宵の旅寝は、なにか謡の中の
旅人の趣きにも似て、まことに優雅である。
「大和の国を行脚しけるに、ある農夫の家に宿りて一夜を明かすほどに、あ
るじ情け深くやさしくもてなし侍れば」との前詞がある。吉野郡平尾の里での
作である。(「阿羅野」)
桜に埋もれる吉野の農家で旅寝する自分を、謡曲に登場する旅人に擬して浪漫
的に美しく描いている。そしてそこに農夫の親切に対する謝意もおのずから籠
っている。