うるわしの姉弟哀F
 襲撃当日。
 姉ちゃんは嵐のように我が家に舞い戻って来た。いつの間にしたのか頭は五分刈り程の短かさになっていた。最近の流行かもしれないが、姉ちゃんがそんな髪形にすると妙に迫力がある。刑務所の中にいる無期懲役犯人といってもおかしくはない。
 俺の部屋に入ってくると姉ちゃんはクンクンと匂いを嗅いだ。金の匂いを嗅ぎ取ろうとしているのだ。
「あいかわらずセコイ奴や。精子の匂いしかしやへんわ」
 前の日にしたオナニーの残り香まで嗅ぎ取るとはさすがである。
 で、何も取らずに姉ちゃんは俺の部屋から出て行った。その間、俺は直立不動のままであった。
 今生の別れになるかもしれないのに俺は冷静であった。心の中で「サヨナラ」と決別の挨拶を送っていた。そして、冷え切った頭の片隅で冷静にキヨシにエールを送っていた。

『ガ・ン・バ・レ』
 もう少しでベットに戻れる。もう少しだ。自分から一人でトイレに行くって言ったじゃないか。シビンは恥ずかしいからって言ったじゃないか。

 大体、キヨシは考えが浅はかなんだ。正面から狙っちゃ犬でも逃げるっていうの。
 あの日、何を思ったのかキヨシは朝から昔懐かしい東映映画を見てきたらしい。
「お命頂きます」
 高倉ケンの名台詞で完全にキヨシはイッてしまった。
 三発しか残っていない実弾で失敗は許されない。考えたキヨシは近距離で狙撃することにした。姉ちゃんもバカじゃないから反撃に出た。
「お命…」
 ここまではキヨシの意識があった。次の瞬間からキヨシは病院の手術台まで意識を失っていた。
 大体骨骨折、右肋骨複雑骨折、右腕複雑骨折、左鎖骨粉砕骨折。
 こんな病名というのか診断でキヨシは手術台に寝かされていた。
 ピストルは、ピストルに入っていた実弾の一発が不思議な事に意識不明のキヨシの太腿を貫通していたらしい。血管は外れていたために大した事にはならなかったが、ヤブ系町医者は相当驚いた。結局原因不明の外傷として傷口は塞がれた。
 キヨシを病院に連れて行ったのは俺であった。せめて亡骸を、と思って俺はキヨシを肩に担いで病院の門をくぐった。
 キヨシには保険が掛かっていた。これはキヨシの両親がせめて親らしい事を、と思って掛けていたらしい。
 もうすぐ、姉ちゃんがその保険金をブン取りにこの病室を訪れる。その前に俺はここから退散しなければならない。
 姉ちゃんは今回の事で保険金という金になるジャンルを学習してしまったのだ。そしてこの俺にも保険金が掛かっている事を昨日電話で両親に確認してきた。

 それに何より、今回の襲撃は、俺が関わっていることを薄々知っているようなのだ。
 口が羽毛百パーセントより軽いキヨシを睨み付け、俺は病室のドアノブを回した。
 開いたドアの隙間から、大きなハイヒールが見えていた。

「二人部屋に一人は贅沢や」

 悪魔の声が聞こえていた。