車のダッシュボードに付いている、デジタル時計は午前五時をさしていた。 フロントガラスから見える日の出前の様々な景色は闇の中に溶け込んでシルエットでしか見ることはできなかった。唯一、僕の視野に飛び込んでくるのは僕をイライラとさせる眩しすぎる対向車の光だけだった。 眠気を感じてきたので強烈なミントの味のガムを口にした。でも、パッケージに書かれたような爽かさなんて少しも感じることはできなかった。眠気が少しは薄らぐことを期待したのだけれど、今の僕には少しの効果もなかったようだ。 料金所で一万円札を支払った僕は、僅かのお釣を受け取った。僅かのお釣がここまでの道程が想像以上に遠いことを物語っていた。 うっすらと陽がさしてきた首都高速をそのまま走り続けると、東京の町並みが少しずつ僕の視野に写り始めた。 しばらく行くとレインボーブリッジの標識が見えてくるはずだ。 一年前とまったく同じ道を同じ車で走って来たのだから、間違いがなければ車のトリップメーターがあと十キロ進むとホテルの駐車場に着くはずである。 ホテルに到着した僕は誰もいない正面ロビーに車を回した。あの時も初めてのホテルで勝手がわからなかった僕達はとりあえず車を正面ロビーに回したのだった。 あの時と同じ行動をとるのなら、僕一人が車から降りてホテルのロビーに入って行けばいいのだが、そこまで一年前を忠実に再現することに少々うんざりしてきた僕は、車の中で簡単な仮眠を取るために、さらに車をホテルの駐車場に回した。 駐車場は広いスペースが確保されており、何台かの宿泊者の車が眩しい朝日に照らされて鈍く光っていた。 眩しすぎる太陽の光が直接届かない場所に車を回した僕は、シートをリクライニングさせて目をとじた。 疲れているはずなのに、僕の体は簡単に僕を眠りの中に入って行くことを許してくれなかった。だがそれでも暫くすると疲れた体は正直なもので、気がつくと僕は眠りの底を漂っていた。そして、いくつかの夢を見た。いくつものシーンの中で僕は決まったように惨めな、現在の僕と変わらない僕を演じていた。 不完全な眠りから覚めた僕は、エンジンのスターターを回して車のエアコンのスイッチを入れた。生暖かくタバコの匂いのする空気が車内に充満してきた。それでも、五分程すると次第に心地好く冷やされた冷気が汗ばんだ僕の回りを取り囲み始めた。 僕は体の間接をほぐすかのように緩慢にシートから起き上った。外の気温は太陽の光の強さから、絶望的な温度にまで上昇しているはずである。 狭い車の中でタンクトップとショートパンツに着替えた僕は、車内の冷えきった空気を全身にまとって外に出た。外の暑い温度のカウンターパンチで、ノックダウンをくらったボクサーのように僕はあえぎ始めた。 瞬く間に僕の乾いた体に不愉快な汗が吹き出し始め、排気ガスの嫌な匂いがまとわり付き始めた。 何組かの幸せそうな家族と一緒にホテルの玄関でバスを待っていると、ホテルの入り口から派手なカラーリングのバスがやってきた。バスは見た者の心を浮きだたさせるようなバスだった。 バスの中には既に定員一杯の人が乗っていた。ひょっとして座れるんじゃないかという僕の期待は一瞬にして消え飛んでしまった。 ドアを開く乾いたエアーの音がして、ドアは静かに開いた。重たい体と重たい心を引きずるようにして期待感一杯の車内に僕は足を踏み入れた。途中二件のホテルで何組かの幸せそうな人を乗せて満員のバスは目的の場所を目指した。 バスから降りた僕はあの時と同じようにゲートに向かって歩き始めた。チケット売り場の前では何百人もの人が列を作っていた。全ての人が暑さの中で行列を作ることに辟易しながらも、楽しい一時が間違いなくやってくることを確信して笑みを浮かべていた。 行列の最後尾に付いた僕は、僕より前に並んだ人が目的のチケットを手に入れ、そして行列から離れて行く絶望的ともいえるゆったりとした時間の中に身を委ねていた。 チケットを手に入れた僕はとりあえずホッとした。別に急ぐ必要もなかったので、暫くは残りの行列と、その行列の中の幸せそうな人々の表情を見ていた。 短くなった行列はまるで生きているかのように、次から次にやって来る人で長くなったり短くなったりを繰り返していた。 行列の中にいた一人の小さな女の子と目が合った僕は、その純真な瞳に見つめられ急にバツが悪くなって入場ゲートに向かって逃げるように歩き始めた。 ゲートを入った途端に雰囲気が変わる。あの時もそうだったけれど、こんな時でも同じ雰囲気が僕を包んだ。 「ここで開園の時はお客さまを迎えてくれるのよ」 子ども以上に興奮した佐帆が辺りをキョロキョロと見渡しながら言った言葉を思い出していた。六歳の由佳と三歳の由紀は目の前に広がった大きな空間に少々惑い、おどおどしていた。 あの時と同じように名前の知らないキャラクターの人形がゲートの近くで人々に愛嬌を振りまいていた。一年前は興奮した佐帆や子ども達に乗せられて同じように興奮していた僕だったけれど、今の僕には少々色の褪せたただの縫いぐるみにしか見えなかった。 七人の小人の、その中の一人が僕に近付いて来た。ところが何の反応もみせない僕に腹が立ったのか、困ったというアメリカ人なんかが両手を大きく広げるポーズをして僕の側から離れていった。僕と小人の無言のやり取りに気ずかなかった子ども達は嬉しそうに縫いぐるみの小人を追いかけていた。 手持ちぶさたの僕はポケットからタバコを取り出した。でも、灰皿が極端に少ないこの場所で、タバコ |