伊賀街道 平田宿 料理旅館 梅屋

 伊賀街道平田宿に鯉料理の梅屋として開業。百数年が経ちました。この地は琵琶湖の前身 大山田湖と称されワニや象が生息していたとのことです。
平安末期には伊賀平氏の誕生の地として また 東大寺の寺領であったため大仏の原型を安置している新大仏寺があります。
 しかし 天正伊賀の乱では織田軍勢に攻め込まれたこと以外平穏無事で藤堂藩一国で治められました。
史跡としては壬申の乱ゆかりの古墳(鳴塚・辻堂・寺音寺)や城跡が多数残っています。

 伊賀街道は古くは伊賀越奈良道として「芭蕉」「杉田玄白」等の旅人が通った藤堂藩専用の官道で平田宿は札所、馬継所として発展してきました。
 夏には 植木神社の400年の歴史を持つ時代絵巻の祇園祭が7月に催行されます。

鳴塚古墳

鳴塚古墳

  辻堂古墳

辻堂古墳

  常夜燈

常夜燈

植木神社

植木神社

  八王子社跡

八王子社跡

  鳳凰寺跡

鳳凰寺跡

祇園祭

祇園祭

  祇園祭

祇園祭

  東町だんじり蔵

東町だんじり蔵

伊賀街道

伊賀街道は古くは「伊賀越奈良道」と言われ、津から長野峠を越えて、上野、奈良へと続く街道で、京、大和、山城方面と伊勢神宮を結ぶ参宮道のひとつでした。
1608年に藤堂高虎が伊勢・伊賀二国の大名となってから、津を起点に藩内の約12里(約50km)離れた二つの城下を往来する重要な官道として整備されたのが、今の「伊賀街道」です。

平田宿

旧大山田村には、平松宿と平田宿のふたつの宿場がありました。平田宿は上野へ2里(約7.8km)、今の上阿波である平松宿へ2里2町(約8km)というほば中間地点にあります。
これは上野、上阿波の宿場間が長すぎるので、1653年に平田も宿に指定されたといわれています。平田宿は、馬継ぎの宿でもありました。

祇園祭

毎年7月に行われる植木神社の祇園祭は400年以上も続いている夏祭りで、三基のだんじりが曳かれ、二基の神輿は斜めに傾けて舞うような「くねり」が特長。平田宿を五穀豊穣を祈り練り歩きます。
県の無形民俗文化財に指定されています。

須智荒木神社

荒木又右衛門の生家があったといわれる竹やぶのすぐ斜めむかいに白髭さんと親しまれる須智荒木神社があります。
参道の東傍には荒木石の産地にふさわしく文政年間建立の大石燈簸があります。長い石段をのぼっていくと、社殿には伊賀越え鍵屋の辻の仇討ちの絵馬が飾られています。