浄土宗 光明山 攝取院 念佛寺

法然上人伊賀霊場

法然上人伊賀二十五霊場・新二十五霊場 巡拝のしおり

『法然上人伊賀二十五霊場・新二十五霊場 巡拝のしおり』より抜粋
 「法然上人二十五霊場」は、宗祖の五百五十回忌頃の宝暦年中(1751〜63)、大阪の順阿上人、京都の廊誉上人という二人の僧侶の発起によって、法然上人と御縁の深い二十五ケ所の寺院が巡拝されたことに始まるといわれています。霊場は浄土宗の寺院のみならず、勝尾寺(真言宗)、東大寺(華厳宗)、清水寺(北法相宗)など他宗派にわたり、上人ご生誕の地である岡山県美作の誕生寺が第一番の霊場とされ、ご入滅の地であり、御廟所がある京都知恩院が第二十五番の最終霊場と定められました。
 本霊場創設しばらく後の天明四年(1784)、当国伊賀の地にも、「法然上人伊賀二十五霊場」が定められました。これは上野寺町の念佛寺第十一世相誉上人を発起願主とし、その念佛寺(第一番)から、同じく上野寺町の大超寺(第二十五番)まで、伊賀地方の中央道路沿いの寺院を巡拝するものです。往時、五重相伝を満行された同行人は、こぞって二十五霊場を巡ったものだそうです。
 それから時代は下り、法然上人生誕八百五十年(1983)を契機として、新たに「法然上人伊賀新二十四霊場」が定められ、先の「法然上人伊賀二十五霊場」と併せ、伊賀教区の浄土宗寺院の全てである四十九ケ寺が網羅されました。
 しかし残念ながら、現在これら伊賀の霊場からは、創設当時の勢いが失われ、巡拝に訪れる人々も多くはありません。伊賀教区教化団はこれを憂い、この度の法然上人八百年大遠忌を契機として、当地における霊場巡りの復興を計画致しました。これにあたって、「法然上人伊賀新二十四霊場」へは、名張市黒田の「法然寺供養塔(浄土宗宗宝・日本浄土祖師九輪塔)」を加えて、「伊賀新二十五霊場」と改め、現代に即応したかたちで巡拝整備をいたしました。

 「念仏を修せんがところは、皆これ我が遺跡なるべし」(法然上人のお言葉)

 「南無阿弥陀仏」とお念仏の声するところは、どこでも法然上人のご遺跡です。いわば、「人が遺跡」と申せます。平成二十三年は、法然上人八百年大遠忌の記念すべき年です。「法は人によって弘まる」と申します。どうぞ、大遠忌を契機にお念仏を喜ぶ一人一人が歩く遺跡となって、法然上人伊賀霊場巡拝にご縁を結ばれますことを念願いたします。

平成二十三年一月御忌  法然上人伊賀霊場会

法然上人伊賀霊場会事務局
〒518−0825 三重県伊賀市小田町1077 開化寺 内
Tel0595−21−0224

念佛寺は、法然上人伊賀二十五霊場の第一番札所です。

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