芭蕉と伊賀 -芭蕉生誕360年-
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芭蕉が歩いた伊賀の街道
■ 初瀬街道
  丈六(名張市赤目町相楽〜阿部田)
初瀬街道 丈六(名張市赤目町相楽〜阿部田)
春日神社
A.丈六寺
室生寺四門の一つである北門の霊地と伝えられる。真言宗東寺派。鎌倉時代から室町時代にかけては寺域も広がったが、天正の乱で、全焼したという。現在の本堂は、寛政4年(1792)の造工。境内には、鎌倉時代後期の作で、市指定文化財の石造五輪塔がある。
春日燈籠
B.鳥居
街道右手。鹿高神社の石の鳥居。このあたりは古くから「大殿」と言われている。
鹿高智護神社跡
C.鹿高神社

壬申の乱の際、このあたりを通りかかった大海人皇子が、折からの大水で宇陀川を渡れず困っていると、どこからともなく白鹿が現れ、皇子を乗せて川を渡ったという。皇子は乱ののち、勅使をもって白鹿を祀る神社を建てた。それが鹿高神社であり、鹿高の地名はこのことにちなむという。

鹿高智護神社跡
宇陀川の景観

かつて、黒田荘の時代にはこの付近で東大寺の用材が切り出され、筏に組まれて宇陀川から名張川を下り、木津川まで流されたという。

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