芭蕉と伊賀 -芭蕉生誕360年-
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芭蕉が歩いた伊賀の街道
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  鍵屋の辻(上野市向島〜長田)
大和街道 鍵屋の辻(上野市向島〜長田)
鍵屋の辻
A.鍵屋の辻
日本三大仇討ちのひとつ伊賀越仇討のあった史跡でもあり、歴史のドラマが伝わってきます。園内には伊賀越資料館や数馬茶屋などがあります。県指定史跡。上野城下町西部の入り口に位置し、大和街道より伊勢方面への分岐辻にあたります。
道標
B.道標
鍵屋の辻にあり、「みぎいせみち ひだりならみち」文政13年(1830)と刻まれています。伊勢街道と奈良街道の分岐点となっています。
伊賀越資料館
C.伊賀越資料館
伊賀越えの仇討ちに関する資料館。寛永7年(1630)7月11日、備前国岡山藩士の河合又五郎が、同僚の渡辺源太夫を、私情から出た突発的な理由をもとに殺害したことに始まり、兄である渡辺数馬が姉婿である荒木又右衛門を筆頭に4人の助太刀のもと、悲願である又五郎一行を見事討ち果たした(寛永11年)、日本三大仇討ちの一つに残される実伝である。
万屋
D.万屋
鍵屋の辻公園内の数馬茶屋。もとは鍵屋の辻の西隣にあったのが移築された。
常住寺閻魔堂
E.常住寺閻魔堂
天台宗、平野山。草創、僧尊恵。伊賀聖天とも呼ばれる。平安時代に僧尊恵が閻魔大王の像を当地にもたらしたのが草創と伝わる。本尊は一寸八分の秘仏・閻魔像。藤堂高次が寄進した。県指定文化財境内には県指定文化財・十王図がある。
常住寺からの眺望
常住寺から上野城の眺め。歌川広重の版画「伊賀上野」はこのあたりからの眺め。
掘出地蔵(お紋地蔵)
F.掘出地蔵(お紋地蔵)
3体の地蔵が彫られている。まわりに地蔵が多数ある。
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