芭蕉翁 伊賀句集

 

(伊賀句碑になっている句は棒線を追記)

 

寛文二年 十九歳(伊賀在住)

 

春や来し年や行きけん小晦日

 

寛文三年 二十歳(伊賀在住)

 

月ぞしるべこなたへいらせ旅の宿

 

寛文四年 二十一歳(伊賀在住)

 

姥桜さくや老後の思い出

 

寛文六年 二十三歳(伊賀在住)

 

年は人にとらせていつも若夷

 

花は賎のめにも見えけり鬼薊

 

京は九万九千くんじゅの花見哉

 

夕皃にみとるゝや身もうかりひょん

 

秋風の鑓戸の口やとがりごゑ

 

七夕のあはぬこゝろや雨中天

 

たんだすめ住めば都ぞけふの月

 

影は天の下てる姫か月のかほ

 

萩の声こや秋風の口うつし

 

寝たるは義や容顔無礼花の顔

 

月の鏡小春に見るや目正月

 

時雨をやもどかしがりて松の雪

 

しほれふすや世はさかさまの雪の竹

 

霜枯に咲くは辛気の花野哉

 

霰まじる帷子雪はこもんかな

 

花の顔に晴うてしてや朧月

 

盛なる梅に素手引く風も哉

 

あち東風や面々さばき柳髪

 

餅雪をしら糸となす柳かな

 

春風にふき出し笑ふ風も哉

 

花に明ぬなげきや我が歌袋

 

うかれける人やはつ瀬の山ざくら

 

糸桜こやかえるさの足もつれ

 

風吹ば尾ぼそうなるや犬桜

 

夏近し其の口たばへ花の嵐

 

五月雨に御物遠や月の皃

 

振音や耳もすふ成梅の雨

 

杜若にたりやにたり水の影

 

岩躑躅染る涙やほととぎ朱

 

しばしまもまつやほととぎ朱

 

寛文八年 二十五歳(伊賀在住)

 

波の花と雪もや水のかへり花

 

寛文九年 二十六歳(伊賀在住)

 

かつら男すまずなりけり雨の月

 

 寛文十年 二十七歳(伊賀在住)

 

うち山や外様しらずの花盛

 

五月雨も瀬ぶみ尋ぬ見馴河

 

 寛文十一年 二十八歳(伊賀在住)

 

春立つとわらはも知やかざり縄

 

きてもみよ甚べが羽織花ごろも

 

女をと鹿や毛に毛がそろふて毛むつかし

 

 寛文十二年 二十九歳(伊賀在住)

 

雲とへだつ友かや雁の生き別れ

 

なつ木立はくやみ山のこしふざけ

 

うつくしき其ひめ瓜や后ざね

 

花にいやよ世間口より風の口

 

植うる事子のごとくせよ児桜

 

たかうなや雫もよよの篠の露

 

見るに我もおれる計ぞ女郎花

 

嫁はつらき茄子枯るるや豆名月

 

見る影やまだ片なりも宵月夜

 

 延宝四年 三十三歳(江戸在住―伊賀帰郷)

 

富士の風や扇にのせて江戸土産

 

百里来たりほどは雲井の下凉

 

詠るや江戸にはまれな山の月

 

 貞享一年 四十一歳(各地漂白―伊賀帰郷)

 

手に取らば消えん涙ぞ熱き秋の霜

 

年暮れぬ笠着て草鞋はきながら

 

 貞享二年 四十二歳(各地漂白―伊賀帰郷)

 

誰が聟ぞ歯朶に餅おふうしの年

 

子の日しに都へ行かん友もがな

 

旅がらす古巣はむめに成にけり

 

菜畠に花見皃なる雀哉

 

春なれや名もなき山の薄霞

 

 貞享四年 四十四歳(各地漂白―伊賀帰郷)

 

旧里や臍の緒に泣としの暮

 

 貞享五年 四十五歳(各地漂白―伊賀帰郷)

 

二日にもぬかりはせじな花の春

 

春たちてまだ九日の野山かな

 

あこくその心もしらず梅の花

 

枯芝ややゝかげろふの一二寸

 

手鼻かむをとさえ梅の盛哉

 

香ににほへうにほる岡の梅の花

 

初桜折しもけふは能日なり

 

さまざまの事おもひ出す桜かな

 

丈六にかげろふ高し石の上

 

花をやどにはじめをはりやはつかほど

 

このほどを花に礼いふわかれ哉

 

よし野にて桜見せふぞ檜の木笠

 

 元禄二年 四十六歳(各地漂白―伊賀帰郷)

 

初しぐれ猿も小蓑をほしげ也

 

茸がりやあぶない事に夕時雨

 

人々をしぐれよ宿は寒くとも

 

冬庭や月もいとなるむしの吟

 

屏風には山を画書て冬ごもり

 

いざ子供はしりありかん玉霰

 

雪の中に兎の皮の髭作れ

 

 元禄三年 四十七歳(各地漂白―伊賀帰郷)

 

うぐひすの笠おとしたる椿哉

 

木本に汁も膾も桜かな

 

畑打音やあらしのさくら麻

 

かげろふや柴胡の糸の薄曇

 

土手の松花や木深き殿造り

 

似あはしや豆の粉めしにさくら狩

 

春雨やふた葉にもゆる茄子種

 

此たねとおもいこなさじとうがらし

 

種芋や花のさかりに売りありく

 

一里はみな花守の子孫かや

 

蛇くふときけばおそろし雉の声

 

ひばりなく中の拍子や雉子の声

 

しぐるるや田のあらかぶの黒む程

 

きりぎりすわすれ音になくこたつ哉

 

 元禄四年   四十八歳(各地漂白―伊賀帰郷)

 

やまざとはまんざい遅し梅の花

 

月待や梅かたげ行小山ぶし

 

不性さやかき起されし春の雨

 

山吹や笠に指べき枝の形り

 

山吹や宇治の焙炉の匂ふ時

 

呑明て花生にせん二升樽

 

としどしや桜をこやす花のちり

 

麦めしにやつるる恋か猫の妻

 

てふの羽の幾度越る塀のやね

 

 元禄七年  五十一歳(各地漂白―伊賀帰郷)

 

凉しさや直に野松の枝の形

 

柴附けし馬のもどりや田植樽

 

我に似な二ッにわれし真桑瓜

 

家はみな杖にしら髪の墓参

 

数ならぬ身となおもひそ玉祭り

 

いなずまや闇の方行五位の声

 

風色やしどろに植し庭の秋

 

里ふりて柿の木もたぬ家もなし

 

名月に麓の霧や田のくもり

 

名月の花かと見へて棉畠

 

今宵誰よし野の月も十六里

 

蕎麦はまだ花でもてなす山路かな

 

松茸やしらぬ木の葉のへばり付

 

行あきや手をひろげたる栗のいが

 

新藁の出初てはやき時雨哉

 

顔に似ぬほつ句も出よはつ桜

 

冬瓜やたがいにかはる顔の形

 

 

 

(伊賀での作品ではないが、伊賀句碑になっている名句を抜粋)

 

野ざらしを心に風のしむ身かな      (貞享一年 四十一歳)

 

市人や此傘の雪売らふ          (貞享一年 四十一歳)

 

はつ真瓜たてにやわらん輪にやせむ    貞享二年 四十二歳

 

山路きて何やらゆかし菫草        貞享二年 四十二歳)

 

古池や蛙飛びこむ水の音         貞享三年 四十三歳

 

よくみればなずな花さく垣ねかな     貞享三年 四十三歳

 

君火をたけよきもの見せむゆきまろげ   (貞享三年 四十三歳)

 

みのむしのねを聞きにこよくさの庵   貞享四年 四十四歳

 

旅人と我名よばれん初しぐれ       貞享四年 四十四歳

 

草臥て宿かる比や藤の花          貞享五年 四十五歳

 

草いろいろおのおの花の手柄かな     貞享五年 四十五歳

 

俤や姨ひとり泣く月の友           貞享五年 四十五歳)

 

冬籠りまたよりそはん此はしら       (元禄一年 四十五歳)

 

行く春や鳥啼魚の目は泪          (元禄二年 四十六歳)

 

閑かさや岩にしみいる蝉の聲         (元禄二年 四十六歳)

 

眉掃を面影にして紅粉の花           (元禄二年 四十六歳)

 

やがて死ぬけしきは見えず蝉の声      (元禄三年 四十七歳)

 

ひごろにくき烏も雪の朝かな          (元禄四年 四十八歳)

 

凩に匂ひやつけし帰り花           (元禄四年 四十八歳)

 

高水に星も旅寝や岩の上            (元禄六年 五十歳)

 

川上とこの川しもや月の友           (元禄六年 五十歳)

 

影待や菊の香のする豆腐串          (元禄六年 五十歳)

 

老いの名のありとも知らで四十雀      (元禄六年 五十歳)

 

升かふて分別かわる月見かな          (元禄七年 五十一歳)

 

此秋は何んで年よる雲に鳥          (元禄七年 五十一歳)

 

世を旅に代かく小田の行き戻り       (元禄七年 五十一歳)

 

みな出て橋をいただく霜路かな       (元禄七年 五十一歳)

 

からかさにおし分見たる柳哉        (元禄七年 五十一歳)

 

旅に病んで夢は枯野をかけ廻る       (元禄七年 五十一歳)

 

日にかかる雲やしばしの渡り鳥      (年次不詳)

 

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